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2023・10・14
高知~安芸~伊尾木洞~高知
JR高知駅 土佐くろしお鉄道ごめん・なはり線

旅の3日目は「曇り後雨」というTV天気予報を見ながら、午前中だけでも雨にならないことを祈りつつ、
7時15分頃ホテルを出発して、徒歩で高知駅へ向かいました。

 

駅構内の「COCOCHIコーヒー」の開店を少し待って、7時半からカフェ朝食を済ませた後、
土佐くろしお鉄道ごめん・なはり線に8時半に乗り、安芸へ向かいました。
2両編成ワンマンカーの正面イラストは安芸市出身の作曲家弘田龍太郎に因んで、
やなせたかしが作成した「あきうたこちゃん」という安芸市のイメージキャラクターです。


ダイサギ?の朝ごはん 夜須町東部津波避難タワー
    
ワンマンカ―の乗り方に慣れず、少し出遅れてしまったために海側の座席は取れませんでしたが、
訪れる機会を得ないままの岡豊城や田んぼ風景など、山側の車窓にも見飽きないものがありました。
宝永地震の時、「家悉く流る」という津波記録が残る夜須(やす)町には
最上部が海抜16.1mという2021年竣工の津波避難タワーが設置されていました。





9時18分に安芸駅に到着、安芸に実家を残し、関東から帰省中の従弟のレンタカーの出迎えを受けて、
伊尾木洞観光案内所へ行き、予約の観光ガイドの手続きを済ませて、伊尾木洞へ向かいました。
観光地図では赤い点線ルートで約30分コースとなっていますが、
観光ガイドは洞窟入り口から200mで折り返す通常コースと滝まで約400m地点で折り返す冒険コースがあり、
申し込んでいた冒険コースは空模様が怪しいということで通常コースに変更となりました。


「安芸市観光ボランティアガイドの会」会長の小松さんのご案内で9時45分に出発、
防水靴を履いていましたのでレンタル長靴は辞退し、ヘルメットを着用して洞内へ入っていきました。


「300万年の歴史が物語る、神秘の洞窟」と謳われる伊尾木洞は、
おおよそ以下の段階を経て、自然が造り上げた奇跡の洞窟だろうと考えられています。

1.現在の壁面を作っている穴内層は土佐湾の海底に溜まった地層が地震の度に隆起して、
地上に姿を現わしたもの(310~230万年前)
2.海岸の砂利が打ち寄せる波によって平らに削られて波食台となり、隆起した波食台に
土砂がたまり段丘となる(12~13万年前)
3.さらに段丘が隆起した海岸に崖が出来て、波によって岩盤の割れ目が拡げられて
海蝕洞が出来る
4.地盤の隆起と海面の低下に伴って、海蝕洞は海岸から離れて内陸の洞窟となる
5.伏流していた川が洞窟に流入して、現在の姿となる
                   (参考:安芸市観光協会発行パンフレット)



高さ5m、幅4m、長さ40mの洞窟の壁には、
砂や泥の中で貝殻などの石灰分が溶けて固まったコンクリーション(別称:ノジュール)が見られ、
上へ行くほどノジュールが大きくなり、更にノジュールが連続して板状の棚のようになっていて、
地球のダイナミックな活動を目の当たりにすることが出来ました。

洞窟周辺のシダ類
   
ホウライシダ                    ホウビシダ                    ノコギリシダ 
   
  クリハラン                    リョウメンシダ                   シロヤマゼンマイ 



この日は洞窟を出て礫岩層エリア(現在地ポイント)で引き返す通常コースに変更する予定でしたが、
雨は降っていませんでしたので、再び冒険コースに変更して滝まで足を延ばすことが出来ました。



礫岩層に入り、水が底まで透き通った川沿いに様々な大きさの転石の間を縫って歩きながら、
モミジツキヒガイを代表とする貝化石の観察も楽しみました。
「らんまん」の第一回冒頭で万太郎が「おまん、新種じゃないかえ?」とヤマトグサに語りかけたシーンは、
下段写真の倒木のあたりで撮られたものです。

礫岩層エリア周辺のシダ類など
  
マツザカシダ                    イワヒトデ                     シケチシダ
   
アマクサシダ                  キジノオシダ                       ヘラシダ
   
トウゲシバ                      ホシダ                      ハナミョウガ
   
イズセンリョウ                  フウトウカズラ                   ヤナギイチゴ

 

40種以上が生息し、大正15年に国の天然記念物に指定されたシダ類や珍しい植物を教えていただいた帰路、
前を行く従弟が「どちらから?」と聞くと、「ジヴェルニー」と答えた外人グループの後尾の日本人を見た途端、
TV番組「情熱大陸」で見た「モネの庭」庭師の川上さんと気付き、写真を撮らせていただきましたが、
TVニュースを見て、北川村へ5年振りに監修に訪れた本家のモネの庭の庭園長さん達ご一行と分かりました。
「北川村のモネの庭は素晴らしい庭になっていました。これからも相互に交流しながら関係を続けていきたい」と
アヴィサール庭園長は話していたとのことです。

  

1時間半の冒険コースを歩くことが出来て、6年前に雨天で見学を断念した無念も晴らすことが出来、
折よく?降り始めた雨もラッキーの中と思え、満足感と共に伊尾木を後にしました。


今回のアッシー君を頼んだ従弟が、「梼原へ行った後では珍しくもないかもしれないけど」と案内してくれたのは
国道55号線から伊尾木川沿いに30分ほどさかのぼった「入河内(にゅうがうち)」という山里でした。
お茶、ゆず、大根を産する知る人ぞ知る隠れ里のようです。
従弟お気に入りの「安芸のマチュピチュ」を展望し、すれ違いが難しい狭い山道を運のよいタイミングで通過し、
みかんで有名な川北を通り、安芸川支流の江川川が安芸市の水の涵養源などという話を聞きながら、
両家のお墓へ向かいました。

実家の墓 従弟家の墓

安芸川沿いの丘の上の従弟・私両家のお墓参りをした後、
両親やきょうだい達とのお墓参りの時の定番だった「廓中ふるさと館」で昼食をいただきました。




かき揚げちりめん丼


昼食後、2時に関東や高知から安芸へ到着したいとこ達と安芸駅でおちあい、
5女2男きょうだいの母方のいとこ達が勢ぞろいして、ルーツの野村家お墓参りに行きました。



お墓参りを済ませた後、従弟家で入河内のお茶とみかんでお茶時間を過ごしましたが、
従弟家(本家)筋向かいの新家(分家?)の国登録有形文化財の長屋門を見に行った夫が、
主の手入れが悪い門前の草地の引っ付き虫にやられ、ズボンが見事なアート状になってしまいました。

 
オオバヌスビトハギと節果

引っ付き虫の主は伊尾木洞で初見した常緑のオオバヌスビトハギで、
節果2小節のヌスビトハギと違い、大半が3小節と見受けられました。
この時集まったいとこ達の中で、唯一、いとこではない夫は一人で玄関にすわって引っ付き虫取りに励み、
結果的には知らない話題が続くティータイムのよい時間潰しになったようでした。
おしゃべりが弾み、気が付くと、乗ろうと思っていた4時半の電車の時刻を過ぎていて、
慌てて、従弟に安芸駅まで送ってもらい、5時40分発のくろしお鉄道に乗って、
日が暮れた高知駅へ6時31分に降り立ちました。



  

  

この日は帰りの時間がはっきりしないため、夕食の予約を入れることが出来ず、
結局、目星をつけていたお店には満席で入れず、
ホテル近くの居酒屋で高知の魚を味わった1時間半ほどのゆっくり夕食となりました。



「いとこ会前夜祭」

安芸の町でいとこ会前夜祭で盛り上がるヤング?いとこ達の写真がラインで届いたり、
関東や関西から姉達家族も到着というラインも行き交いながら、
歩数1万歩を少し超えた3日目が暮れました。

               *3日目歩数(スマホ計測):10579歩



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