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2024・10・23
西ノ島・別府港~知夫里島・来居港~浦郷クルージング~国賀海岸~別府港~島後・西郷港
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「リゾ隠岐ロザージュ」の朝食
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| 海上保安庁・巡視艇 |
弁財天とセイタカアワダチソウ |
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「リゾ隠岐ロザージュ」
7時からの朝食後、ホテル周辺を少し散策しました。
沖合に海上保安庁の巡視艇が一晩中、停泊しているのがホテルの部屋からも見えましたが、
24時間勤務というところに竹島の近さが実感されました。
このあたりを弁財鼻と呼ぶことに因む弁財天像の膝の上にはお願いごとを書いた小石がたくさん積まれていました。
隠岐の島の随所に見られたセイタカアワダチソウ群落は残念な風景と見受けましたが、
自然遷移に任せているのでしょうか、固有種が圧迫されずに生き残ることを願っています。
8時40分にホテルの送迎バスで別府港へ向かいました。
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9時20分発「フェリーどうぜん」に乗船、9時51分に知夫里島(ちぶりじま)の来居(くりい)港に入港しました。
知夫里島は島根半島から約50km、隠岐諸島の中で最も本州に近い島で、
知夫里という名前は旅の安全を護る道祖神である道触神(ちぶりのかみ)に由来すると言われています。
迎えのハイエースバンのドライバーさんとO添乗員さんのガイドを聞きながら20分程で赤ハゲ山展望台に到着しました。
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360度広がる大パノラマ展望台

展望台で先ず目に入って来たのは、人口約600人の村に牛約600頭、タヌキ約2000匹いるという動物達で、
右側写真の湾の下側のシルエットが牛ですが、その斜め右下あたりの小さな黒い物体が私が初見したタヌキでした。
タヌキは昭和20年頃、町長が寄贈を受けた2匹が島の外へ出ることなく繁殖したホンドタヌキで、
現在は2~3000匹が生存していると言われますが、実は数えた人はいないというのがドライバーさんのお話でした。

島前カルデラ
火山活動によってできた大きな凹地をカルデラと呼びますが、
隠岐では550万年前に西ノ島町・海士町・知夫村3島の外輪山と内海からなる島前カルデラが生まれました。
外輪山の中が湖ではなく海というのはギリシアのサントリーニ・カルデラの2カ所だけという珍しいものだそうです。
曇り空は少し残念でしたが、対岸に西ノ島を見渡す雄大な景色を楽しみました。
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放牧地
知夫里島の牛は食肉用の繁殖牛で人工授精で生れた子牛を競売にかけ、出荷先でブランド牛として飼育するそうで、
この放牧地には雌の親牛と子牛しかいないということになります。

授乳中の母子牛
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知夫里島では4つの牧に分けた牧畑の境界として作られた石垣「名垣」(みょうがき)が残り、貴重な遺構とされています。
牧畑は平地が少なく、痩せた島の土地を有効活用するための農法で、土地の利用方法を年ごとに変え、
隠岐では放牧(役畜・堆肥の生産)、マメ類の栽培(根粒菌による知力回復)、アワ・ヒエの栽培(救荒作物の栽培)、
ムギの栽培(主食の栽培)の4サイクル方式によって昭和45年(1970)頃まで牧畑が行われていたそうです。
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| 神島遠望 |
赤壁展望台遊歩道 |
赤ハゲ山から神島を遠望しながら下る山道にはアキグミの白っぽい木々が目立ち、
使われなくなった草地が樹林地へと遷移が進んでいるように思われました。
牛やタヌキを見かける車窓に牛の食事のお相伴をするタヌキの群れも見つけました。
牛の飼育場が知夫里島タヌキの最大の餌場といわれています。

アキグミ センニンソウ ナギナタコウジュ
赤壁(せきへき)駐車場まで下り、展望台までの少しきつい遊歩道を、
アキグミをつまんだり、花写真を撮りながら上っていくと、その先には息をのむ圧巻の景観が待っていました。
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知夫赤壁
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知夫赤壁は600万年前の知夫里島創生の頃の火山活動の様子が観察できる貴重な場所で、
噴火の際、酸化して赤くなった溶岩が無数の層を作り、むき出しの状態で圧倒的なスケールで迫って来ました。
岩の割れ目から流れ落ちる水を下からの風が吹き上げる様子も滅多に見られない自然現象だと思いました。
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-現地設置の説明板- |
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11時前に赤壁を出て来居港へ戻る車窓に、湧水の多い地形を利用して作られていた棚田の名残が見られました。
当初、乗る予定だった12時10分発の内航船「いそかぜ」が故障のために欠航となったため、
11時35分発の「フェリーくにが」で別府港へ戻ることになりました。

火山弾 粗面岩 砂岩 玄武岩
フェリー待ちの時間は知夫里島観光協会の待合い室で島紹介の展示物を見て過ごしました。
赤ハゲ山の牧畑、名垣などの情報はここで得られたものです。
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| 来居港フェリーターミナル |
来居港から30分、12時過ぎに別府港へ戻り、ジャンボタクシーで浦郷湾沿いの食事処「あすか」へ行き、
わがとこ定食という旬の魚介類を使ったランチをいただきました。


この日は地図左の摩天崖~通天橋~明暗の岩屋など国賀海岸を巡る定期観光船が高波の為に欠航になってしまい、
浦郷港(由良比女神社の東側が浦郷湾)から船引運河を抜け、外海へでた所で引き返し、
西ノ島の内湾遊覧にルートが変更されたことが、内航船故障とともに二つ目のアンラッキーとなりました。
観光船出発の2時まで西ノ島水産総合ターミナルビル待合い室で、島案内のビデオなどを見て過ごしました。
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| 国賀めぐり定期観光船のりば |
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船引運河
西ノ島のほぼ中央部の美田船引の地峡部を掘削して大正4年(1915))に建設された船引運河は、
その昔は船を山越えさせていたという水運を飛躍的にのばした全長340m・幅12m・水深3mの水路で、
現在は浦郷港・別府港・菱浦港から国賀海岸へ向かう観光遊覧船が通行する重要な観光資源となっています。
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2時に出航した観光船は船引運河を進み、少し外海(日本海)へでた所で、
「ねっ?波が高いでしょ?」と納得させられて、国賀海岸を遠望した後、すぐに内湾へ戻りました。
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| 船引運河引き返し |
美田湾 |

船引運河を出て浦郷湾に近付くと、平成17年(2005)に完成した島を東西につなぐ西ノ島大橋が見えました。
かつては船引運河にかかる国道485号の橋だけだった所、西ノ島大橋を含む国道485号西ノ島バイパスが完成し、
車の利便性は増した代わり、浦郷港は内航船の寄港が廃止されることになったようです。
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船引運河から美田湾を経て、西ノ島大橋の下を通り抜け、二つの半島の間の湾内に入ると、
平成4年(1992)から西ノ島で始まったという国内初の岩ガキやクロマグロの養殖場がありました。
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しばらく船を進め、左手に焼火山(452m)や宿泊した「リゾ隠岐ロザージュ」、海上保安庁の巡視艇が見え、
そこからまもなく船はUターンして、浦郷港へ戻り、50分ほどのクルージングが終わりました。
西ノ島地図によると、「リゾ隠岐ロザージュ」対岸の赤崎鼻が「後醍醐天皇御脱出の地」とあり、
正慶2年(1333)に釣り船でこの辺から隠岐の島を脱出した後醍醐天皇は、
船上山(せんじょうさん:鳥取県)に行宮を築き、諸国武士に挙兵を促したと伝えられます。

浦郷湾へ戻ると、いくつかトラブルが続き、(多分)急な手配で配されたと思われる大型バスが待っていて、
クルージングが半分になったスケジュール変更で、国賀海岸へ向かうことになりました。
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天上界

通天橋
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前日は雨の為、摩天崖から通天橋までの遊歩道トレッキングは出来ませんでしたが、
遊歩道の最後の部分を歩き、国賀海岸まで下りることができて、しかもすっきりと晴れた青い海に出会え、
残念感がすっかり払拭された爽快な気分で旅のひと時を過ごすことができました。
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ツワブキ ツリガネニンジン オキノアブラギク
4時頃に別府港へ戻り、フリータイムとなりましたので、私達は後醍醐天皇の行在所阯「黒木御所阯」へ向かいました。
(ここで手元にデジカメがないことに気付き、O添乗員さんに電話をして、大型バス・ドライバーさんに届けていただくという
ご迷惑をかけてしまいました。・・・ということで、黒木御所阯はスマホ撮影となりました。)
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| 黒木神社鳥居 |
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| 後醍醐天皇行在所阯・黒木神社入口 |
石碑「建武中興発祥の地」 |
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| 黒木神社参道 |
黒木神社 |
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| 黒木御所阯参道 |
石碑「黒木御所遺阯」 |
別府港の東側の湾に突き出た丘の上に、「黒木御所阯」が静かに佇んでいました。
元弘2年(1332)の元弘の乱敗北によって隠岐に流された後醍醐天皇が、
島を脱出するまでの1年間、雌伏していたとされる伝説の地で、黒木神社には後醍醐天皇が祀られています。
入り口の伝承資料館「碧風館」見学は割愛しました。
4時半過ぎに別府港隠岐汽船乗り場へ戻り、5時15分発の「フェリーしらしま」で島後・西郷港へ戻りました。
6時半に西郷港へ到着、ホテル送迎車で隠岐プラザホテルへチェックインして、初日と同じ部屋に荷物を置いて、
7時前から夕食となりました。
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この日は「会席料理 ご滞在の方向け」メニューで、初日とは趣きの違うお料理をいただきました。
この他、地魚の朴葉焼きや煮付け(ノドグロ)、デザートも付き、
この日はグラスワインも添えて、ゆっくりと旅最後の夕食を楽しみました。
食後、ホテルのショップでお土産の買物をして、大体の荷造りを済ませ、3日目も早寝で暮れていきました。
*3日目歩数(スマホ計測):10387歩
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