[ホーム][目次][4日目]
東門は本堂炎焼の際に焼け残った向拝を移築改装したもので、 「安定のため柱の下部を五十糎縮めてある。この遺構によって焼失した本堂の偉容を偲ぶことができる。」という 説明板が立っていました。 東門に到着したタクシーの運転手さんのお勧めで、写真を撮っていただいた後、 薬を扱うことが多かった甲賀忍者が薬草を栽培していたこと、通院のお年寄りの送迎がタクシーの多忙時間など 地元話題の中、15分ほどタクシーに乗って11時40分頃、甲賀駅に到着しました。
平安時代以降進んだ神仏習合として、寺院境内に鎮守社が設けられることが常となり、 延暦寺の影響下にある白山勢力の白山社が天台寺院の鎮守社とされることが多く、 長寿寺にも白山比咩(しらやまひめ)を祭神とする白山神社がありました。 長寿寺の白山神社は1287年(弘安10)の語が残り、鎌倉時代には社殿があったと推測されていますが、 四面に格子戸を備えた拝殿の建築様式が室町時代の手法を伝え、創建は不明とされる国の重要文化財です。 白山神社を遥拝した後、2時半過ぎに長寿寺を出て、常楽寺へ向かいました。